|
||
<映画紹介> |
||
いま、ボルドーのワインはチャイナ・マネーによって、ぐつぐつと煮えたぎっています。この映画が製作されたのは2013年なので、現在の状況は多少変わってきているかもしれませんが、急速に経済発展した中国の富豪たちが、ボルドー・ワインの市場に大きな影響を与えています。豊かになった中国の人々がワインと出会い、ワインに夢中になっています。それは味わうためでもあり、投機のためでもあります。 数多くのヴィンテージワインを所有する中国のワイン収集家の女性は語ります。「ただ手に入れたいだけ。飲むかどうかは分からない」と。目当てのヴィンテージワインがオークションに出ればいくらであろうと手に入れる、という金に糸目を付けない彼らの買い方によって、ワインの価値は大きくバランスを崩しています。 中国のあまりの熱狂ぶりは、観ていて少々怖くなります。ヴィンテージの傑作と言われる82年のシャトー・ラフィット・ロートシルトラフィットのワインは、実際に生産された本数よりも中国で取引されている本数の方がはるかに多いのだとか。その年のラフィットの空き瓶までもが高値で売り買いされています。 とはいえ、日本にはいまの中国をとやかく言う資格はありません。中国がやっていることは、そのまま以前の日本がやってきたこと。バブルの時代に日本で越乃寒梅やロマネ・コンティの偽物が出回ったときとそっくりです。この映画、当時のことを知る外国人と一緒に観たら、日本人としては恥ずかしくていたたまれないですね。 しかし、やり方に良し悪しはあるとしても、経済の原則からすれば価値のあるものに投資するのは当然のこと。ワイナリーも企業である以上、その成長を考えれば買ってくれる人に顔を向けるのは間違ったことではありません。そんなブームに乗じて、中国に的を絞ったマーケティングで大きな利益を上げるワイナリーや、中国の投資家にヴィンテージワインを売り込んで儲ける商社もあります。 一方、産地には「ワインはたんなる農作物ではなく奇跡だ」と考える人々がいます。葡萄畑の土壌や地形や気候などの環境や生産者がいいだけでは質の高いワインは作れないと考える人々にとって、ただ高く売れさえすればよいのかというジレンマが生まれています。ボルドーで代々ワインを作ってきた生産者は、風土に合った最適の品種を育て、気候に合わせた栽培法を試行錯誤し、ワインのために惜しみなく努力を続けてきました。だからこそ、フランスではワインは人々の暮らしに深く根ざし、中世よりはるか以前から親しまれてきました。そんなワインがフランス人の手の届かないものになってしまうのではないか、という危機感があります。 80年代に日本人がヌーヴォー・ワインを大量に買ったため、ボジョレーでは多くの生産者が借金をして畑を拡張したり設備を新設するなど先行投資をしました。しかし、その資金の回収が出来ないうちに日本のバブルがはじけ、運悪くほかにも様々な要因が重なって売り上げが激減し、いくつものワイナリーが大きな借金を抱えて身売りしました。また、ぶどうの収穫を祝うために若いワインを飲むというボジョレーの庶民の文化は、すっかり捻じ曲げられたものになってしまいました。ボルドーにはそうした悪夢の再来を危惧している人々がいます。 2013年に発表されたデータによると、億万長者の数で中国はアメリカを抜いて世界第一位になったとか。その影響力は日本のバブル時代の比ではありません。莫大なチャイナ・マネーは、次々とワイナリーを買収し、さらに内モンゴルにボルドーを真似た大規模なシャトーまで誕生させています。すでに中国の需要はボルドーの生産量を超えていると言われる状況で、フランスのワインは中国に飲みつくされてしまうというジョークも、もはや大げさとは言えません。4千年の歴史を持つ中国の圧倒的な勢力を前に、400年に渡って高級ワインを作り続けてきたボルドーは揺れています。 現在の中国は、汚職問題や無計画な乱開発などによって発展に陰りが見えたとも言われていますが、国内情勢が安定して再び成長したら・・・。中国の人口は2014年の発表で13億6752万人。ひとりっこ政策で罰せられないよう生まれても届け出ていな子どもが多くいるので、実際の総人口は15億人以上とも。そんな世界一の人口の大国が総中流化するほどの成長を遂げたとしたら、世界の食糧事情に深刻な影響が出ることは必至です。ワインに限らず、美食の市場のすべてを中国が掌握することも起こり得ます。エネルギーや資源も然り。人は誰しも平等に幸せになるべきではあるけれど、膨大な人口を抱える国が急激に発展することは、世界にとって脅威でもあります。そうなったときにどうすべきか。ボルドーの行方に世界が注目しているのです。 ワインを通して、世界が直面している現実を教えてくれる映画です。
監督:ワーウィック・ロス、デビッド・ローチ (C) 2012 Lion Rock Films Pty Limited
|
||