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『奇跡の2000マイル』 7/18(土)より、有楽町スバル座、新宿武蔵野館ほか全国順次公開 |
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星空を見上げながら眠る。見渡す限り何もなくて地平線の際まで星が輝く荒野で、愛犬と寄り添って無心で焚き火を見つめ、夜明けには朝日で目を覚ます。そんな経験をしてみたくないですか? この映画は、オーストラリア西部に広がる砂漠の2000マイル(約3200km)を7か月かけてひとりで旅した24歳の女の子の物語。主役のロビン・デヴィッドソンは実在の人物で、実際に彼女が1977年に体験した冒険旅行を綴った「TRACKS」という回顧録を映画化したものです。 旅の出発点はオーストラリア中央部のアリス・スプリングスという町。アリス・スプリングスはウルル(以前はエアーズロックと呼ぶのが一般的でしたが、現在はもともとのアボリジニの呼び名を尊重してウルルと言われています)の最寄りの町。といっても、ウルルまでは約470kmも距離があるのですが、ウルルへはここから出発するツアーも多く、昔から観光客向けのアクティビティとしてキャメルライドが行われていたので、オーストラリアの中でもラクダの需要がある町であったと思われます。 ロビンはインド洋に面した西海岸までラクダとともに旅したいと、片田舎のアリス・スプリングスにやって来ました。そんな旅の話をしても、多くの人は無謀だと相手にしませんでしたが、彼女の決心は揺らぎませんでした。とはいえ、もともと都会育ちでラクダに接したこともないロビンは、まずはラクダの扱いから覚える必要があり、ラクダ牧場で働いたり、ラクダの調教師に弟子入りしたりというところから始めます。騙されてタダ働きさせられるなどの紆余曲折もあり、ラクダを手に入れて旅に出るまでに2年近くもかかりました。 ちなみに、ラクダ=アラブの国の動物、という印象が強いですが、オーストラリアでは19世紀初頭に開拓者によってラクダが持ち込まれ、後に自動車の発達によって不要になって捨てられたラクダが繁殖して、いまでは野生のラクダの生息数は世界一だとか。その数は100万頭以上とも言われていて、干ばつの際に大量のラクダが水を求めて町を襲撃するといった事件も発生していて、害獣として大規模な駆除も行われているのだそうです。 ロビンは愛犬のラブラドールを連れ、ラクダを引いて西海岸を目指して歩き始めます。そう、彼女にとってラクダは乗るためのものではありませんでした。それはアウトバックと呼ばれる砂漠地帯で、途中での補給が難しい水や食料などを運ぶためのもの。彼女の冒険は歩いて大陸の半分を横断することだったのです。歩くから時間がかかって、余計に多くの物資を携行することになります。ゆえに、彼女には3頭のラクダが必要でした。 カラカラに乾いたアクトバックでは雨が降らないので、キャンプをするのにテントは不要。ロビンは地べたに敷いたマットの上で寝袋に潜り込んでビバークします。キャンプの経験が豊富な方ならご存知かと思いますが、これは理想的なキャンプです。ビバークは日本語では「露営」と言われるように、日本のフィールドでビバークすると夜露でじっとり湿ってしまいます。だから、テントもタープもなしの青天井で星を眺めながら眠るのは、日本の場合は清々しいキャンプのイメージとは違い、ビバークは爽快とは言い切れないことが多いのです。もちろん乾燥地帯でも夜露がまったくないわけではありませんが、その量は比べ物になりません。ロビンのようにテントなしで気持ちよく寝られる乾燥地での開放的なキャンプは憧れです。 当然、ロビンは食事もアウトドアです。焚火にスキレットをのせて缶詰の豆をあたためて食べます。映画の中ではそんなシーンがたびたび登場します。おっと、スキレットというのはダッチオーブンと同様に鋳鉄で作られた鋳物のフライパンのこと。ロビンの食事は毎回レンズ豆みたいなものばかりでたいした料理はしてはいないのですが、それでも自然の中で焚火で作る料理はとても美味しそうに見えます。人間の本能に訴えかける何かがあるのか、豪華な料理ではないのにロビンが焚火で食事の支度をするシーンは、とても印象的で心に残ります。 また、焚火はゆったりとした癒しの時間を与えてくれます。焚火を眺めなら飲むコーヒーも格別です。日本では地中の生物に与える影響やフィールドを汚すことを嫌って地面で直に火を燃やす直火の焚火を禁止しているキャンプ場が多いのですが、焚火台を使えば可能ですし、もともと焚火OKなキャンプ場もあります。べーべキューグリルと炭を持参して手際よく肉を焼いて、食べたら早々に片付けて帰る。そんなせわしない日帰りキャンプではなく、ぜひ夜には焚火を囲んでゆったり過ごす余裕のあるキャンプを楽しんでください。 ニキズのみなさんに見てほしいのはここです。キャンプではカレーと焼き肉風のバーベキューというワンパターから卒業しましょう。そのためにぜひ揃えてほしいのがダッチオーブンとスキレットです。外で食べると美味しいからこそ、ぜひ美味しい料理を作ってください。ダッチオーブンやスキレットはアウトドアで使えば火からおろしても料理が冷めにくく、ダッチオーブンでスープを作ってからスキレットで肉を焼いても、食べる時にはまだスープも熱々で、ひとつの焚火で調理をするには最適です。 以前ニキズにいたテキサス出身の先生は、当時住んでいた横浜のマンションでもベランダにバーベキューグリルを置き、そこでダッチオーブンで調理していました。重いのと錆びやすいのが難点ですが、ダッチオーブンには自宅のガスコンロでも使えるタイプもあります。蓄熱性の高い鋳鉄を使ったダッチオーブンやスキレットは、遠赤外線効果で煮込み料理を柔らかく仕上げます。油の温度が下がりにくいので揚げ物にもぴったり。スキレットはステーキを美味しく焼き上げることができます。キャンプには頻繁に行けなくても、無駄にはなりません。 ストーリー的には、この映画において料理に大きな意味があるとは思えません。しかし、そうしたシーンがたびたび登場するのは、キャンプにおいて食べることは大きな楽しみであり重要なことだ、という無意識のメッセージなのでしょう。監督のジョン・カランはきっと根っからのキャンプ好きであるはず。キャンプめしと焚火コーヒーの魅力に憑りつかれているとしか考えられません。正直これほど何度もそんなシーンが挿入されている映画って、多分ほかにはないですから。 荒野で愛犬を抱きしめて眠り、焚き火で食事を作るロビンの姿を見ていると、猛烈にキャンプに行きたくなります。まだキャンプ経験がないという方も、ぜひ「奇跡の2000マイル」を観て、キャンプに行ってみてください。ロビンのように焚き火で作る料理を味わったら、きっと人生が変わります。 そうそう、ロビンが歩いた2000マイル/約3200kmですが、羽田空港を基準に直線距離で調べてみると、ほぼドンピシャなのは南太平洋のパラオとフィリピンのセブ島。モンゴルのウランバートルからはさらに200kmほど先、香港からは南西に300kmほどの地点です。改めてオーストラリアの広大さを感じるとともに、これだけの距離を歩き続けることがいかに大変なことかと気が遠くなります。
出演/ミア・ワシコウスカ、アダム・ドライバーほか © 2013 SEE-SAW (TRACKS) HOLDINGS PTY LIMITED, A.P. FACILITIES PTY LIMITED, SCREEN AUSTRALIA, SOUTH AUSTRALIAN FILM CORPORATION, SCREEN NSW AND ADELAIDE FILM FESTIVAL
text/キヌガサマサヨシ(夏休み計画)
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