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<映画紹介> |
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『ノーマ、世界を変える料理』 |
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「人魚の像があるのはコペンハーゲンだっけ? だとしたら、童話作家のアンデルセンもデンマークでしょ。『人魚姫』とか『ヘンゼルとグレーテル』とか『赤ずきん』とか」と答える人もいそうですが、アンデルセンはデンマーク人ながら、『ヘンゼルとグレーテル』や『赤ずきん』はドイツ生まれのグリム童話。アンデルセンが書いたのは、『人魚姫』『親指姫』『人魚姫』『はだかの王様』『マッチ売りの少女』『みにくいあひるの子』などですが、残念なことに区別しにくくしばしば間違われます。 雑貨好きなら「フライングタイガー」を思い出すかもしれません。インテリア好きな方なら、アーネ・ヤコブセンの『セブンチェア』や『スワンチェア』、ポール・ヘニングセンがデザインしたルイスポールセンの『PH5ランプ』、バング&オルフセンの高級オーディオなどを思い浮かべるかもしれませんね。そう、じつはデンマークにはいいものがたくさんあります。ブロックのレゴだってデンマークの会社です。それなのに、目立つことを嫌う控えめな国民性であるためか、せっかく有名なものがありながらも、自己主張せず、いまひとつ「デンマークらしさ」が希薄で印象に残りにくいのです。 ニキズのサイトを見ている皆さんなら、「高級食器のロイヤルコペンハーゲンがある」とおっしゃるかもしれませんよね。ならば、その素敵な皿で供されるデンマーク料理は、と問われたらどうでしょう。これまたすぐには思いつかないのでは。 東京・経堂に北欧雑貨の店「チャッフィー」(https://chuffy.stores.jp/)を構える中西のりこさんに、デンマークの食事について話を伺いました。商品の買い付けでデンマークにはもう何十回と渡航しているベテランのバイヤーさんです。 「デンマークはノルウェーに次いで物価が高くて、ファストフードでも1000円はかかるし、普通の食堂みたいなところでも2000円は取られる。だから、私が滞在中に食べるのは屋台のホットドッグやケバブが多いですね(笑)。地元の料理で庶民的なものといえば、スモーブローと呼ばれるオープサンドかな。ライ麦パンにハムやレバーペーストのような肉系か、ニシンの酢漬けやスモークサーモンや小エビなどの魚系の具材を載せて食べます。あとは豚挽肉で作るハンバーグのようなフリカデラや、ローストポーク、白身魚のソテーなど。どれもデンマークだけという特別感はないでしょ。でも、不味くはない。むしろ、味的には北欧の他の国々や近隣のドイツやイギリスと比べて美味しいです。それだけに、これといった特徴がないのが残念ですね」。 前置きが長くなりましたが、今回紹介するのはそんなデンマークのレストランのドキュメンタリー映画『ノーマ、世界を変える料理』です。タイトルにある「ノーマ」(http://noma.dk/) が、そのままそのレストランの名前です。そう、すでに気づいた方もいらっしゃると思いますが、昨年1月にマンダリン・オリエンタル・東京に期間限定で出店して話題となったレストランです。英国のレストラン誌で『世界ベストレストラン50』の第1位に4度も選ばれている超有名店で、2008年にはミシュランの2つ星も獲得した名店。映画ではその注目のレストランを4年に渡って密着して撮影しています。 「ノーマ」を率いるのは、若き天才シェフのレネ・レゼピ。デンマークで移民の子どもとして生まれ、幼少期はマケドニア(旧ユーゴスラビア)の田舎にある父方の実家で自給自足の暮らしをして育ちました。その後、デンマークに戻って料理学校で調理を学び、スペインのエル・ブリや、アメリカのザ・フレンチ・ランドリーなどの一流店で腕を磨き、2003年に25歳にして創業者の一人として「ノーマ」をオープンさせました。 料理においてのレネのポリシーは、北欧の素材にこだわり、季節感の溢れる新しい北欧料理を作ることでした。日本では旬の素材を使った地産地消はそれほど珍しいことではありませんが、厳しい寒さの冬の時期が長く続く北欧では、作物を栽培できる期間も短く、手に入る食材が限られてしまうため、そうしたこだわりを持つ店はかつてのデンマークにはほとんどありませんでした。また、前置きでふれたように、デンマークの料理はもともと質素なものであったので、10年ほど前まではネット検索してもデンマークの料理の情報なんてほとんどなかったとも言われています。 デンマークには、物価の高さを皮肉った「国民食はホットドッグとケバブ」というジョークがあるとか。中西さんも言うように節約のためにホットドグやケバブを食べる人も多く、この言葉もあながち冗談ではないかもしれません。実際、街中にはあちこちにホットドッグの屋台やスタンド型店舗があります。気候的に飼料として大量の牧草を食べる牛よりも雑食の豚の方が飼育しやすく、豚肉を使うソーセージが普及して、手軽に食べられるホットドッグが定着したのでしょう。イケアでもホットドッグを大々的に販売していることを考えると、デンマークに限らず北欧全般でのホットドッグ愛がうかがえます。余談ですが、沖縄で絶大なシェアを誇るチューリップブランドのポーク缶も、メイド・イン・デンマークであり、デンマークの対日輸出の食品部門では豚肉がナンバー1です。 ケバブは元は労働力として受け入れたイスラム系移民のために安価で提供されていたものです。食材が乏しい冬に困らないようにと考えられた塩漬けや酢漬けやスモークといった加工食品が多く、それを冷製のまま食べることも多いデンマークで、安くて冷たくない食べ物であるケバブが、支持されて広まったことは想像に難くありません。消費税が25%も加算されたら、どこの料理だろうと安ければいいって気持ちにもなりますよね。 そんな環境で、世界一のレストランが容易に成立するはずはありません。映画ではレネがどのようにして「ノーマ」を成功させたかが描かれています。食材の種類が豊富だとは言えない土地で、北欧の素材で作る季節感のある料理を完成させるために、レネは森を歩いて食材を探します。苔や木の葉、ときには蟻も取り入れて、独創的な料理を模索しました。オープン当初は「北欧の材料だけを使うなんて不可能だ」と嘲笑されましたが、今ではデンマークに大きな経済効果をもたらし、外国からの観光客を11%増加させたと言われています。 撮影が行われた4年の間には、思わぬ災難にも襲われます。「ノーマ」で食事をした63人がノロウイルスによる食中毒を発症しました。飲食店にとって食中毒は致命的な出来事です。ましてや高級店ともなれば、信頼を回復するのも大変なはず。しかし、「ノーマ」はその年には『世界ベストレストラン50』の首位の座を奪われたものの、翌年には再び1位に返り咲きます。その当時のレネやスタッフたちの緊迫した様子は、後の復活が分かっていても、観ていて手に汗を握る感じがします。 4度も世界一になったレストランのシェフが、どのような考えを持って料理に取り組み、どのようにしてモチベーションを持ち続けるのか、どのようにアクシデントを乗り越えるのかが、このドキュメンタリーの大きな見所です。 また、スクリーンに映し出される斬新な料理の数々は、料理の可能性には限界などないのだと教えてくれます。フランス産のトリフやフォアグラを使わなくても、世界中から人を集める美食を作ることが出来るのです。映画を観終ったら、今までに作ったことのない新しい料理を作ってみたくなるかもしれません。 ちなみに、「ノーマ」ではデンマーク人デザイナーのハンス・J・ウェグナーのダイニングチェアを使用しています。これもレネの地元のものにこだわったセレクトなのでしょう。
原題:NOMA MY PERFECT STORM text/キヌガサマサヨシ(夏休み計画)
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