料理映画:すれ違いのダイアリーズ 

 


 

<映画紹介>
素朴さに心洗われるタイ・ムービーは
涙が溢れるサバーイ(心地いい)な名作です。

『すれ違いのダイアリーズ』
5/14(土)から、シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテほか全国順次公開
http://www.moviola.jp/diaries2016/





 



今回紹介する『すれ違いのダイアリーズ』は、間違いなく今年の映画ランキングのベスト5に入るであろう名作です。個人的な感想としては、4月末までに試写を観た作品の中ではダントツ1位です。

タイの映画なんて観たことない、という方も多いでしょう。マニアックな劇場は別として、一般的な日本の劇場で公開されるタイの映画は、年に1本あるかないかですから、観たことがなくても当然かもしれません。でも、意外といい作品もあって侮れません。




この作品で舞台になっているのは、携帯電話の電波も届かない田舎の小学校の分校です。そんな学校に臨時教員として赴任した新米教師の青年ソーンが、初めての教師という仕事と慣れない田舎暮らしに苦労しながら、子どもたちとともに成長し、会ったことのない前任の女性教師のエーンに恋をするというストーリー。教師になりたての新人を、ひとりぼっちで住み込みで教える分校に行かせちゃうなんてすごい話ですけど、何事も「マイ・ペンライ(気にしない)」な気質のタイならありそうで笑えます。



タイトルにある「すれ違い」という意味深な言葉は、前任のエーンが春休みの間に離職して、その代わりに欠員を埋めるために採用されたソーンが赴任するという入れ違いの設定を表しています。なお、タイの小学校は2学期制で、一般的には3月中頃から5月中頃までお休みになります。春休みのようでもあり、夏休みのようでもある長い休み。そして丁度今頃の時期から新学期が始まります。そのため、5月半ばになると子どもを学校に送る車が増えて朝の渋滞がひどくなるので、バンコクの人は「やれやれ。また新学期が始まったか・・・」という気分になるそうです。



余談ですが、なぜそんな時期に学校が長く休みになるかというと、じつは日本の夏休みと同じ理由で「暑いから」。年中暑いタイでも、とくに猛暑となるのが4月なんです。北半球なのにどうして4月? と思われるかもしれませんが、5月になると雨季が始まり、雨が降ることで気温が下がるので、乾季の終わりの4月がもっとも気温が高くなるのだとか。だから、水かけ祭りとして知られるソンクラーンも、「暑すぎてやってられませんわ」という4月に行われるようになったのでしょう。



その小学校は、湖に浮かべたいかだの上に作られた水上の学校です。周囲にあるのは湖と山だけ。のどかな景色でほのぼのした気持ちになります。通ってくる子どもの多くは、学校と同様に水上の家で暮らす漁師の子どもたち。月曜日に親が操るボートで学校にやって来て、そのまま学校で寝起きして勉強して、週末になったらそれぞれの家に帰り、再び月曜日に登校するという暮らしです。



ソーンは遠く離れた街に残してきた彼女に裏切られ、授業の進め方を相談できる人もいない状況で、くじけまいと必死でした。そんな折れそうな心を支えたのが、黒板の上に隠すように置かれているのを偶然に発見した、前任のエーンの日記でした。彼女も1年前にチェンマイの町からこの学校にやって来て、奮闘していたのでした。



寮制の学校とはいっても、欧米の寄宿学校とはわけが違います。電気は発電機で起こし、飲み水はタンクに溜めた雨水、シャワーの代わりに湖で体を洗い、教室の床に布団を敷いてみんなで雑魚寝する生活。建物も板きれとトタンを打ち付けただけの、強風で吹き飛ばされそうな粗末な掘っ立て小屋です。



若い女性にとっては決して快適ではないであろう環境で頑張り、自分と同じように恋人ともうまくいかなくなって孤独だったエーンに、日記を通してシンパシーを感じるようになるソーン。これがもしアメリカだったら、置き忘れたものだとしても、隠していたものだとしても、他人の日記を勝手に読むなんてあり得へん、と炎上しちゃうのでしょうけど、そこはゆる~いタイですからご勘弁を。



会ったことのない女性に恋をするということも夢のようなお話ですが、もっと心惹かれるのが子どもたちの素晴らしさです。垢抜けない田舎者かもしれないけれど、あまりにも素朴な子どもたちを観ていると、自然と涙が溢れてしまいます。こんな辺鄙な所でかわいそうってことではなくて、純粋さに対する感動。自分自身もこんな子ども時代を送ってみたかったなー、という憧れや郷愁みたいなものもあるかもしれません。


そんなうらやましい生活の象徴とも言えるのが、前任のエーンが子どもたちと一緒に食事を作るシーンです。ゲームをしたりテレビを見てごはんが出来上がるのを待つのではなく、みんなが先生を取り囲むように台所に寄り集まって、調理を手伝ったりつまみ食いしたりという様子は、まるで昔の家族のよう。こんな家族だったらいいなー、と思います。タイでもバンコクやチェンマイなどの大きな町では、実際にはこんな素朴な子どもたちはもういないのかもしれないですが、とてもタイらしく感じられてうるっとしてしまいました。

食べるシーンはないので、何を作っていたかはわかりません。パッ・タイなのか、パッ・パック・ルアムミットなのか、はたまたガイ・パッ・キンなのか。でも、料理が何であるかは問題ではありません。出来上がった料理をただ一緒に食べるよりも、一緒に料理を作る方が、もっとずっと親密さが感じられるのだ、ということに気づかされます。お腹が空いて一刻も早く食べたいという欲求もあるでしょうけど、大好きな人が台所に籠ってしまったら寂しいから自分もくっついていくという子どもたちの気持ち、わかる気がします。台所って本当はこんなふうにあったかい場所であるべきだし、料理を作ることはこんなふうに楽しい作業であるべきなんでしょうね。



この監督は、こういう形での比喩的な心理描写が上手で、スクリーンの中の世界にぐいぐい引き込まれます。タイ好きな方はもちろん、普通に映画として完成度の高い作品で、どなたにも楽しんでいただけるはず。微笑みの国のやさしさ溢れる傑作に癒されてください。

ちなみに、この水上の小学校にはモデルがあるのだとか。チェンマイから80kmほど北に行ったミヤンマー国境近くの国立公園内の大きなダム湖の学校です。映画用にはセットを作って別の場所で撮影したようですが、いまでも実際にそんな学校があるというのもうれしくなります。さすがタイ。


また、この『すれ違いのダイアリーズ』のタイアップ企画として、銀座のタイ・レストラン「JIM THOMPSON'S Table Thailand GINZA」で、特別メニューが提供されます。普段のメニューにはない卵で包んだパッ・タイ。この料理をオーダーして映画の半券を提示すると、代金の1,350円(税別)から200円を割り引きしていただけるそうです。同伴者にも適応。期間は公開初日の5/14(土)〜6/10(金)。映画の後には美味しいタイ料理を食べて、心もお腹も満たしてください。

※チェンマイ出身で春日部でタイ料理を教えるパッパーピン先生と似たベッピンな女優さんも登場します。主役のエーンを演じるチャーマーン・ブンヤサックもそうですが、タイには美人多し。タイ料理は美容効果が高いのかも。パッパーピン先生のタイ料理クラスに今日のある方はこちら↓をご参照ください。

http://www.nikikitchen.com/reservation/teacher.php?teacher_id=175

 

原題:Khid thueng withaya(英語題:The Teacher's Diary)
監督:ニティワット・タラトーン
出演:スクリット・ウィセートケーオ、チャーマーン・ブンヤサック
製作:2014年 タイ 110分
配給:ムヴィオラ
アカデミー外国語映画賞<タイ代表>作品
タイ・アカデミー賞 最多13部門ノミネート / 6部門受賞
(C) 2014 GMM Tai Hub Co., Ltd.

text/キヌガサマサヨシ(夏休み計画)  

 


 
 




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