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<映画紹介> |
『五島のトラさん』 |
長崎から西へ100kmほどのところに、140余りの大小の島々があります。五島列島。主な産業は漁業とうどんの製造。食いしん坊な人なら、五島うどんという名前を一度は耳にしたことがあるでしょう。長崎県五島列島産のうどんは、香川の讃岐うどん、秋田の稲庭うどん、群馬の水沢うどん、愛知のきしめん、富山の氷見うどんなどとならぶ日本を代表するブランドうどんです。
この映画は、その名産のうどんを作り続けるある家族を追ったドキュメンタリー。長崎のテレビ局が製作した作品で、22年間に渡って撮り溜めた映像を編集したものです。いまでは通販で大人気の「まぼろしの手延べうどん」を作る製麺所「虎屋」を立ち上げたトラさんこと犬塚虎夫さんと、その家族の記録です。1993年に取材を始めた当初は夫婦と6人の子どもでしたが、途中で三男が生まれて9人家族となり、後半になると孫たちも登場。大家族ならではの幸せや葛藤、島で暮らす喜びや苦労などが詰め込まれています。
トラさんは、島で生まれ育ち、一時は島を出て本土の大学に行ったけれど、人間らしい島の暮らしが好きで、卒業すると島に戻り、中学の同級生だった女性と結婚し、家族を養うために製麺業を始めました。つまり、故郷にUターンした後に起業したということですね。環境は良くても、仕事や子どもの学校、医療など、様々な不安もある田舎暮らしを考えている人には、参考になる部分もあるかも…。
五島うどんには大きな特徴があります。麺が細くて丸くてコシが強く、ツルツルと喉越しがいいこと。まず、綿が細くて丸いのは手延べで作られているからです。手打ちは綿棒で伸ばした生地を包丁で切って麺にしますが、手延べではこねた生地を2本の棒にかけ、熟成の様子を見ながらテンションをかけて伸ばしていくので、丸い断面の細い麺に仕上がります。強いコシは、しっかりとこねた生地を熟成させることと、生地を引き延ばす際に綾掛けというひねりを加えることで生まれると言われています。
また、五島うどんは乾麺ですが、生地を練る際に椿油を加えているので、麺同士がくっつきにくいため打ち粉を必要とせず、細く丸い麺のカタチと麺に含まれた油によってツルツルとした喉越しになります。乾麺なのは、五島列島が台風の通り道で、台風シーズンになると何日も家に閉じ込められるために、保存食が重宝されたためだとか。
でもこの麺、作るのにとても手間がかかるのです。そのため、犬塚家では子供たちも毎朝5時に起きて、学校に行く前にうどん作りを手伝います。眠くても文句を言わずに黙々と手伝う子もいれば、怒られるので仕方なく嫌々手伝う子もいます。
学校に行っているとはいえ、子どもの手伝いをあてにして商売しているなんて児童労働ではないのか、と思う人もいるかもしれませんよね。確かに、子どもにしたら早朝に起こされて家業を手伝うのは大変です。もしも自分がこの家の子どもだったら、絶対に授業中に居眠りしているはず。親父の我がままのせいで海しかない田舎の島に住まわされて、学校が休みの日にも家の仕事を手伝わされ、食事は年中売れ残りのうどんばかりだったら、「こんな家は早く出たい」と思ったかもしれません。
でも、昔の日本では子どもが家の手伝いをすることは普通だったんですよね。トラさんは、子どもたちに仕事を手伝わせるのは、お金を稼ぐことの意味を学ばせ、責任感を持たせるためだと言います。うどんが強い絆を育む家族。頑固おやじに付き合うのは大変だろうけど、助け合う兄弟姉妹を見ているとちょっとうらやましい気もします。
ちなみに、五島うどんの食べ方の一押しは「地獄炊き」。映画の中でも登場しますが、大鍋でたっぷりと湯を沸かしてうどんを茹で、その鍋のままあつあつの状態で食卓に出して、各自が麺を取ってあご出汁のつゆにつけていただきます。五島では夏でもコレ。うどん通を自称する人にも、地獄炊きで食べる五島うどんが日本一と言う人が多くいるようです。
22年後の製麺所の作業場では、トラさんの娘たちがうどんを作っています。自分たちがそうしていたように、娘は自分の子どもたちにもうどん作りを手伝わせています。仕事を手伝わされるのが嫌で、親に反発して島を飛び出した娘も、時々戻って来てはうどん作りを手伝います。伝統ってこうやって受け継がれていくものなんですよね。犬塚家の様子を見ていたら、製麺業に限らず、こういう家族で頑張っている小さな製造業者さんをもっと応援していきたいと思いました。
監督:大浦勝(KTNテレビ長崎)
ナレーション:松平健
製作:2016年 日本 114分
配給:KTNテレビ長崎
(C) テレビ長崎