夏のような明るい日差しが照りつける、5月の日曜日。観光客で賑わう、港の見える丘公園から歩くこと5分、韓国総領事館の前にナカキタはぼんやりと立っていた。ちょっと早く来過ぎたようだ。はす向かいの教会では、結婚式をやっているらしい。覗いてみると、真っ白なウエディングドレスを着た花嫁さんが、みんなに祝福されていた。なんだかいいもの見たな、とほんわかした気持ちになったところへ、ランダ先生がやってきた。こちらの姿を見つけると、ニコニコ笑って手を振った。
ハーイ! 初めまして。ごめんね、待った?
こちらこそ、早く来すぎてごめんなさい。今日はよろしく。
普通に挨拶をすませて、早速ご自宅へと向かう。外国人墓地や港の見える丘公園から数百メートルしか離れていないのに、観光客の姿はほとんど見かけない。山手の中の山手、というたたずまいの家々を見ながらしばらく歩くと、そこがランダ先生のお家だった。
今日、一緒に講習を受ける3人の生徒さんはまだ来ていないようだ。ランダ先生も準備をするためにキッチンで働いている。所在なくリビングのソファにすわっていると、二階から女の子が2人、降りてきた。名前を聞いたら、お姉ちゃんはノーラ、妹はマラックだとか。すぐご近所の、インターナショナルスクールの幼稚園と小学校に通
っていると言う。
お姉ちゃんは先週から日本語を習い始めたそうで、得意そうに日本語で10まで数えてみせた。妹も負けずに話しかけてくる。幼稚園のお友達のなんとかちゃんがどうしたとか。んも〜ぉ、ほんっとに可愛い。二体の動くおしゃべり人形みたい。プニュプニュしたい(意味不明)。
しばらくお人形さんたちと遊んでいたら、3人の生徒さんがやってきた。ヒロエさん、ヒロミさん、そして常連のレイさん。みんなで軽く自己紹介して、講習はスタートした。
今日のメニューは、オクラのメインディッシュとタヒニサラダ、そして、デザートにバクラワ。
ランダ先生によると、エジプトでオクラはとてもポピュラーな野菜なのだという。でも、日本のものに比べるとずっと小ぶりで、一口で食べられるくらいのサイズだ。もちろん、日本で手に入るオクラを使ってもまったく問題ない。今日は、これをトマトミートソースで焼き上げる料理を作る。そして、細かく砕いたパスタ入りライスを付け合わせにいただくのだ。パスタをご飯に混ぜ込むという発想は、日本人にはないものだ。強いていえば、
「そばめし」だろうか?
エジプトでは、この料理に限らず、メインディッシュに野菜料理が出ることが多いらしい。そういえば、モロヘイヤなんて野菜も、確かエジプト原産だったよね。ネバネバだけどクセのない味、というのがエジプト野菜の得意パターンなのか。
バクラワ、というのも聞き慣れない名前だ。
「これはね、ラマダンの夜にパーティを開いて食べるお菓子なの」と、ランダ先生。
そういえば、以前、ミルナ先生のシリア料理の教室でも、「ラマダンのお菓子」を教えてもらったなあ。同じイスラム文化圏ということで、食文化にも近いものがあるのかもしれない。そうそう、ランダ先生はムスリム、つまり、イスラム教徒なのだ。
ところで、横浜にエジプト人は何人住んでいるか知ってる? 答えは、4人。つまり、この国際都市に住むエジプト人は、ランダさん一家だけ、ということだ。これは意外だった。エジプトっていう国を、私たちは馴染み深く知っているつもりになっている。
世界史の教科書でもエジプトの名は最初に登場するし、ピラミッドやスフィンクスの姿は、誰でも思い浮かべることができる。クレオパトラは人類の歴史上最強の美女だし、ミイラと言えば、エジプトでしょう。それから、サハラ砂漠にナイル川。
でもこれって、たとえば私たちが外国に行って何かというと「ゲイシャ・サムライ・フジヤマ」なんて言われるようなもの?
で、結局私たち、というかナカキタは、今のエジプトのことなんか何も知らない。そして、実際に横浜で暮らすエジプト人はたった一家族なのだ。何かとても不思議な気がした。
そんな不思議なエジプトの、まったく馴染みのない料理の中でも、今回いちばん大きなカルチャーショックを受けたのが、タヒニ・サラダだ。
だってこれ、私たちの感覚で言ったら、サラダじゃないもん。ソースだもん。エジプトではこれを、パンなどにつけて食べるのだ。そして、それを「サラダ」と呼ぶ。呼ぶのか? 作りながらずっと、これはエジプト風ドレッシングだと思っていた。まさかサラダ本体だとは……うーむ。
だけど、重要なのはこのタヒニサラダが、ものすごく美味しいってことだ。香ばしく、こってりしたゴマの風味に、レモンとヨーグルトの酸味が混ざると、何とも言えず深い味を生み出す。そこに、クミンの香りが重なり、独特のエキゾチックな食感を引き出すのだ。
このタヒニサラダを盛りつける前に、ランダ先生は庭に降りて、ハーブを摘んできた。匂いを嗅がせてもらったら、強い涼しげな香りがした。これが「エジプシャンパセリ」なんだそうだ。
「日本では手に入らないから、こうして家庭菜園で栽培しているの」
ということらしいけど、大丈夫、イタリアンパセリで代用できる。簡単にできるので、誰かを夕食に招くときなんかに、毛色の変わったサイドメニューとして出してみるとポイント高そう。持ち寄りパーティの隠し球としても、有効だ。
出来上がった料理をいただきながら、いろいろと聞いてみた。
ランダ先生の一家が横浜に来て1年半。その前は、イギリスに2年、中国に2年、インドネシアに1年というふうに、世界中を引っ越ししてまわっていた。イギリスにいたときには、エンジニアの学位
を取って、環境省で働いていたという。その彼女が言う。
「イギリスの食べ物にはまいったわ。だって、塩とコショウでしか味付けしないんだもの」 たしかに、タヒニサラダの奥深い味を知ったら、それも無理ないと思った。そこで、
「イギリスと言えば……」と、水を向けてみた。
「去年、ロンドンへ行ったとき、大英博物館でエジプトの部屋を見て感動しました」 すると、ランダ先生は笑いながらこんなふうに答えた。
「ああ、ミイラ、宝飾品、ロゼッタストーンね。あれは全部、彼らが私たちから盗んだものなのよ」
ラマダンのお菓子、バクラワを食べながら、イギリス人がエジプトから奪ったものと、奪えなかったものについて考えてみた。奪ったものは博物館に、奪えなかったものは、たとえばこんなふうにそれぞれの家庭のキッチンに、ちゃんと残っているんだな、と思った。
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本日のレシピ
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◆オクラのメインディッシュ(Okra main dish)
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◆ソース (材料)
タマネギ 大1コ
すりつぶしたニンニク大1
ニンジン1コ
トマトピューレー 大1
水3C(カップ)
鶏ムネ肉ミンチ150g(好みで加減)
レモン汁数滴
塩、コショウ適宜
マーガリン大1
ブイヨンキューブ2コ
ホールトマト2コ
◆パスタライス (材料)
米2C
冷たい水2C
細かく刻んだ細いパスタ大2(好みで加減)
バター、オリーブオイル各大1
◆(作り方)
1. タマネギはざく切り。ニンジンは輪切り、オクラはジクを取って斜めに二つに切る。
2. 鍋にマーガリンとニンニクを入れ、タマネギを加えて少し茶色になるまで炒める。
3. トマトビューレーを水1Cで溶いて2に加え、塩、コショウで味を調えて5分ほど煮込む。
4. 3にニンジンを加えて10分、その後、鶏ムネ肉ミンチを加え、ふたをして煮込む。ソース状になったら火から下ろす。
5. 耐熱容器にオクラを敷いて、4のトマトソースを上からかぶせ、ホールトマト、残りの水にブイヨンキューブを溶いたものを加えて、250度のオーブンに30分かける。
6. パスタライスを作る。米は水洗いしてざるに上げる。
7. フライパンにバターを溶かし、オリーブオイルを加えて温め、細いパスタを中火で炒める。こんがり焼き色がついて香ばしい匂いがしてきたら、米を加え、混ぜる。
8. 全体に油がまわり、パラパラになったら冷たい水を加える。最初は強火、水分がなくなってきたら極弱火に落とし、20分くらい炊きあげる(炊け具合をチェックしながら)。
9. 炊きあがったら、底からかき混ぜてしばらくふたをして蒸らす。
10. 5が出来上がったら、レモン汁を振りかけ、ふたをして7分ほどおく。
11. 10に9を添えてすすめる。
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◆テヒニ・サラダ(Tehine Salad)
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◆(材料)
ゴマのペースト1瓶の半分
塩・コショウ適宜
クミン小1
酢大1.5
ヨーグルト大1
湯適宜
レモン汁数滴
エジプシャンパセリ(イタリアンパセリで代用可)
チリパウダー各適宜
◆(作り方)
1. ゴマのペーストをボウルに取り、お湯を少しずつ加えて練る。スプーンを持ち上げてタラタラと落ちるくらいの状態になったら、酢、クミン、塩、コショウ、ヨーグルトを加えてさらに練り合わせ、最後にレモン汁を数滴落とす。
2. 人数分のスープ皿に1をつけて、上にパセリとチリパウダーを彩りよく乗せる。
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◆バクラワ(Baklawa)
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◆(材料)
春巻きのシート20~25枚
マーガリン大2
クルミ適宜
砂糖1/3C
水1C
レモン汁半個分
◆ (作り方)
1. 小鍋でマーガリンを湯煎にかけて溶かす。
2. 大きめの耐熱皿に春巻きシートを4~5枚敷き詰め、上に溶かしたマーガリンを塗って、上にシートを重ねる。これを三回繰り返したら、その上にナッツを散りばめる。
3. さらに上にシート、マーガリン、シートと交互に重ね、最後にマーガリンを上に塗る。
4. よく切れるナイフかピザカッターで、4を5・角にカットしてから、180度に熱しておいたオーブンで20分焼き上げる。
5. シロップを作る。鍋に水と砂糖を入れ、煮詰まったら火から下ろし、レモン汁を加える。
6. 食べる直前に6を焼き上がったバクラワにかけてすすめる。
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