ピックアップ時間から少し遅れて、根岸駅にサラがやってきた。メガネをかけた髪の長い白人女性。さっきから、あの人たちも生徒さんかなと思っていた女性二人が、駆け寄って行って英語で自己紹介をはじめた。
Nice to meet you, my name is……。 美登里さんと美知子さんと名乗ったお二人と一緒に、サラの車に乗り込む。それにしても暑いのなんのって。
ジョージアもこんなに暑いの? 暑いけど、今年はこんな体だから、特に辛いの。ああ、そうだよね。私のときは、夏はつわりが大変だった。お子さんいくつ? 五歳。ふーん、大きいんだね。お腹から出た途端、言うこと聞かなくなるよ。……などとお母さん同士の話をしながら、サラの家へ向かう。
米軍住宅のゲートをくぐるたびに、いつも不思議な思いにかられる。ここから先は外国なのだ。手紙だって国際郵便扱いになる。パスポートこそ必要ないけど、門には軍服を着た米兵が常駐していて、許可証のない車は入ることができない。すぐ近くにあるんだけど、考えようによってはものすごく遠い場所に、私たちは気軽に料理を習いに出かけているんだ、なんて。
根岸に米軍住宅があることを知らない浜っ子は、さほど珍しくない。たとえば、今回の講座に大船から参加した美登里さんは、お勤め先が根岸近辺なのに、今まで全然知らなかったんだって。
その一方で、遠くから何時間もかけて、このキッチンスクールに通う人も多い。今回のもう一人の参加者、美知子さんは、世田谷から電車二本も乗り継いで、根岸までたどり着いたんだそうだ。今までの講座で一緒になった中にも、埼玉
とか千葉とかから来たという人たちを何人か見かけた。
遠いとか近いとかいう距離は、地図ではなくて、人それぞれの心の中にあるものなんだ、と、ここへ来るたびに思う。
さてさて、外国である以上、ここでいろんなプチ・カルチャーショックにも出合ってきたけど、今回一番びっくりしたのは、サラの乗ってきた車、だったかもしれない。なんというか、へっ?この21世紀のニッポンでこの車が走ってるの?!っていうか、燃料はガソリンと根性半々ぐらいのクリーンエネルギー?っていうか、内側からドア開かないからウインドウ下げて(もちろんクルクル手動)外へ手を回して開けるっていうか、いや、そもそもクーラーがないから最初っから窓全開、風を感じながら走るぜっていうか、派手にぶつけられたね……で、そのままかい?っていうか。
ところがね、この車がゲートを通過してアメリカ領に入った途端、これはこれで結構いいんじゃない?と思えてきたのだ。なんとも不思議なことに。
どこまでも広がる緑の芝。白いペンキ塗りのアメリカンハウス。広い道の脇に無作に停められた年式もデザインもさまざまな車たち。そういう風景をバックに見ると、なんか、この車にロードムービーの趣さえ感じるのだ。
一台の車のたたずまいが、まったく違ったものに感じてしまう。こういうときに、ここは近くて遠い、アメリカなんだなあとつくづく思う。
サラのお家は、ゲートから入ってすぐのところにある。小さな和猫が一匹、出迎えてくれた。名前はペドラちゃん。ご主人は今、沖縄にいるんだって。
さて。手を洗って、さっそく料理開始。最初はデザートからだ。市販のパウンドケーキを使ったクリームたっぷりの「サンディー・ケーキ」。3つにスライスした断面
に、これでもかってばかりにチョコクリームをこってりはさみ、さらにまわりを、クリームチーズと甘〜いキャラメルファッジにお砂糖まで加えたクリームを塗りたくる。
例によって、甘い甘い甘〜い、アメリカのお菓子だ。5月、6月と2ヶ月かけて、ようやく1%落とした体脂肪が、一挙に戻りそうないきおい。それ以上に、妊婦さんがこんなコッテリケーキ食べて大丈夫なのか?
次は小エビの料理。スパイスと調味料を混ぜ合わせたボウルに、小エビを合わせて下味をつける。アイスクリームを冷やすときに使う、ロックソルトを砕いて使うところがポイントだという。コリアンダー、クミン、マスタード。たちまち部屋の中はカレー屋さんの香りが充満する。
小エビをねかしている間に、ガーリックトーストを作る。アメリカンスタイルのフランスパンは、普通 のものよりソフトにできている。それを縦二つに切って、オリーブオイルを塗ってから、ニンニクを直接ゴリゴリとこすりつけるのだ。それをもう一度合わせてから、適当な厚さにスライスして、ホイルに包んでオーブンへ。今度はガーリックのいい匂いが漂う。
そうしておいて、インゲンにとりかかる。すでにサラがヘタを取って下準備しておいてくれたインゲンを、オリーブオイルとニンニクで炒め、チキンスープとブラウンシュガーを加えてふたをしてしばらく煮る。
同時に、寝かしておいた小エビも、フライパンで何度かに分けて炒める。 だいたいの手順はこんなところだ。3人の生徒は、お互いに譲り合いながら交代で、一通
りのやり方を体験した。どの料理もシンプルで、さほど難しいことをしているわけではない。すぐにでも自分で作れそうなものばかりだ。
それでも、サラが料理上手だというのは、手順を見ているとよくわかる。下準備から仕上げまで、4つの料理がほぼ同じタイミングで出来上がるように、手際よくスケジューリングされている。そして今、シュリンプとインゲンはフライパンで、ガーリックトーストはオーブンで、デザートは冷蔵庫で、食べ頃をむかえている。スパイシーでガーリッキーな香りが食欲をそそる。
テーブルに着いて、さっそく試食タイムだ。意外にも、小エビは辛くない。カリッと揚った表面 は、香ばしいスパイスの味、中はプリッとしたエビの食感と甘み。けっこうナチュラルテイスト。うん、いけるいける。そして何より、インゲンが気に入った。チキンスープと一緒に加えたブラウンシュガーが、豆の甘みを引き出している。
でもゴメン、やっぱり甘いデザートはちょっと苦手だった。なんというか、これぞアメリカ!っていうスイーツ。ただ、こういうのって、好きな人は絶対やみつきだと思う。
これはサラの「お袋の味」なの? と聞いたら、いや、「パパの味」なのよということだった。アーティストでお料理好きの、自慢のパパなんだそうだ。「パパの味」を最初の教材にしたサラ。彼女もまた、パパの自慢の娘だったんだろうなあ。おっとりとしていて、ちょっとシャイな彼女を見ていると、アメリカ南部の温かいファミリーが目に浮かぶみたいで、ちょっと羨ましいナカキタだった。
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本日のレシピ
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◆Pan Smoked Shrimp (フライパンで作るスパイシーシュリンプ)
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材料:クミン・コリアンダー・イエローマスタード各大さじ2、トウガラシ・コショ ウ各大さじ1、ロックソルト(なければ塩)大さじ2分の1、小エビ(中)約900
グラム、オリーブオイル大さじ3、レモン汁大さじ2、パセリ適宜
作り方
1. ロックソルトとコリアンダーは、ポリ袋に入れてたたいてつぶしておく。
2. 大きいボウルに、スパイスを全部混ぜ合わせ、小エビを加えて、ボウルごとゆすって混ぜ合わせ、しばらくねかして馴染ませる。
3. 大きめのフライパンで油を中高温に温め、エビがピンクに、スパイスがこんがりと焼き色になるまで炒める。片面
約1から2分くらい。
4. 全部のエビが出来上がるまで、温めておく。
5. レモン汁を絞り、パセリを振りかけていただく。
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◆Garlic Green Beans (インゲンのニンニク炒め)
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材料:ニンニクみじん切り4片分 オリーブオイル大さじ3 チキンスープ2分の1 ブラウンシュガー小さじ1 インゲン約900グラム 塩、コショウ適宜
作り方
1. ニンニクをオリーブオイルで炒める。
2. ヘタをとり除いたインゲンを加えて、全体に行き渡るように鍋を揺する。
3. ブラウンシュガーとチキンスープを加えて火を落とし、豆が縮れて柔らかくなるまで10分ほど煮る。
4. 塩・コショウで味を調える。
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◆Garlic Bread (ガーリックブレッド)
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材料:フランスパン1ブロック 皮をむいて半分に切ったニンニク一片 オリーブオイル パセリ適宜
作り方
1. フランスパンを縦半分に切る。
2. 切った面にオリーブオイルをたらし、ニンニクのかけらをすりつける。
3. パセリを振りかけて、もとどおりに向かい合わせにしてから、適当な厚さにスライスする。
4. アルミホイルに包んで、オーブンで15分、350度(華氏)で焼く。
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◆Sundae Cake (サンディー・ケーキ)
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材料:市販のパウンドケーキ2個 チョコレートファッジ2分の1カップ 室温に戻しておいたチーズクリーム1パック分 キャラメルソース2分の1 粉砂糖4
分の1 ホイップクリーム4分の3カップ
作り方
1. クリームチーズ、キャラメルソース、パウダーシュガー、生クリームをボウルでなめらかなクリーム状になるまでよく混ぜる。
2. 市販のパウンドーキ2個を、それぞれ頭の部分を切り落とす。
3. 2を水平に3つに切って、全部で6枚の同じ薄さの層を作り、断面にチョコファッジ を塗って、もとどおり積み重ねる。
4. ケーキを横に倒し、両方のケーキの、上部をカットした切り口を合わせて一本の大きなケーキにしてから、寝かせたまま垂直にスライスする。
5. 積み重ねたケーキの上と横に、まんべんなく1を塗る。
6. 冷蔵庫で冷やしておく。
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