本牧での教室にもだいぶ慣れてきたので、今日は車で来てみた。鶴見から本牧まで、海の上を渡って30分。同じ横浜でも、ベイブリッジを越えると、何か風景に異国が混ざってく
るように感じるから不思議だ。
今回は、このキッチンスクールを主催するNIKIも、生 徒として参加することになっている。バイタリティいっぱい の彼女には、会うたびに元気を分けてもらってる(実はナカキタは、彼女のファンなのだ)。
もう一人の生徒、ヨウコさんは、アフリカのコンゴにNG Oで滞在経験もあるというアクティブな女性。今回は、南アジアが大好きな彼氏のために、ぜひスペシャルカリーをマスターしたい、と受講を決めたという。なんかケナゲでいいぞ
ー。
この二人にナカキタを加えた3人が、今日のメンバーだ。
ドアを開けて、私たち3人を笑顔で迎えてくれたクク先生 は、50歳少し前くらいの、穏やかな印象の女性だ。私たちは 前回、ルス先生の教室で、ちょっとだけ会っている。短い挨
拶の後、早速キッチンへと通 された。調理台の向こうが全面ガラス張りになっている、明るくてピッカピカのキッチン だ。
先生は、まず私たち一人ひとりに尋ねた。
「スパイスは辛くても大丈夫か、それともマイルドな方がいいのか?」
ナカキタの場合、激辛は勘弁だけど、そこそこの刺激は欲 しいほうだ。香辛料は、どちらかと言えば辛さより香り重視 派、辛さは「ピリッ」より「ジワァ〜」が好みかな……って
これ、英語で何て言えばいいんだ?
答え、「スパイス・OK。ノット・トゥ・ホット」。
はい、すんません。アタシの英語力なんてこんなもんよ。
香りを確かめながら、がポイント
チリ、シナモン、月桂樹、クローブ、カルダモン、コリア ンダー……。先生は使用するスパイス一つひとつについて、 香りを嗅がせながら説明して言った
「私たちはカリーを作るとき、分量を測ったりしません。だ から、私の料理とあなたの料理は違う。好みは自分で作りながら見つけます。そして、その人のカリー、その家のカリーができます」
おおっ。なんか奥深くないか? そうだよね、それが家庭 の味ってものだよね。香辛料の配合は、個人の裁量 にまかせる。具だって好みによって変えてもいい。それでいて、出来
上がるものは、紛れもなくカリー。
あらためて、スパイス料理の懐の深さに感じ入ったりす る。
とは言っても、もちろん、でたらめにスパイスを混ぜ合わ せればいいというものではない。
そこには当然、香辛料どうしの駆け引き、せめぎ合い、引 き立て合い、などを考えた基本的な配合というものは存在する。その上で、たとえば辛さの好みによって、レッドパプリカにするか、グリーンパプリカにするか、チリの分量
をどうするか、などの細かい調整が入るわけだ。
詳しい作り方は文末のレシピを参照ね。決して難しいことをしているわけではない。ただ、とにかく丁寧にかき混ぜな がら、一つずつ香りを確かめて材料を加えていく。確実に鍋
の中で、おなじみの、あのカレーができあがりつつある。
クク先生によると、インドのカリーの秘密は、「香辛料を たっぷりの油で炒める、もしくは揚げること。そして、香りをよく移すこと」なのだそうだ。
「イギリスのカレーは煮込むからダメなの」と、手厳し い。そっか。英国人はシチューと同じように考えているんだ ね。それは日本人も同じ。
かき混ぜながら、質問。
「ところで先生、日本のカレーについてはどう思われます か?」
「ああ、実は私は食べたことないんです。うちの夫は、悪くないって言っていますけど、私はちょっと」
「ですよね。インド人もびっくりですよね(もちろん意訳)… …あれがカレーだなんて。だけど、別 物として食べれば、結 構美味しいんですよ。
」
「日本の加工品はあまり食べられないんです。豚が入っていないという確信が持てないから」
「……!」
そうなのだ。モスリムの人々にとって、豚肉は御法度。うっかり知らずに豚エキス入りスープを口にしただけで、コーランの教えに背いたことになる。そう言えば、この件に関して、日本の食品会社がイスラム教国で騒ぎを起こしたことがあったっけ。
クク先生は顔を隠したりスカーフで髪を覆ったりしているわけではない。だけど、異国の中にあっても自分の信仰生活 は、静かにきっちりと守っているのだ。
文化や価値観の違う国で暮らすということは、相手を理解 するのと同時に、絶対に譲れない自分の価値観は死守するこ と、そうやって不便さに耐えながら、日々を過ごすことなの
だと教えられたような気がした。
カリーの香りと思い出話
キッチンにインド料理でおなじみの、あの、香りが立ちこめる。あとはグツグツと煮込むだけだ。
並行して、ライスを炊く。そして、デザートの卵菓子も作 る。
ディエム・ハロワとは、そのまま「卵のお菓子」という意味なのだそうだ。日本でいうと、炒り卵に一番近いかもしれ ない。白身が残らないように、鍋の中でよーくかき混ぜるの
がコツだとか。簡単で素朴な、ベンガルのデザート……というより、おやつみたいな感じかもしれない。
テーブルの上にすべて揃ったのは、講習が始まってから2時間ほど経過した頃。さあ、いよいよ試食タイムだ!
チキンと一緒にカリーを一口。辛みより、まず香りが口の中で立ち上がって、その後で「ジワァ〜」と辛みがやってく る。「ピリッ」ではなくて。
あれ? ちゃんと最初にナカキタが注文したとおりに出来 上がってる!
「スパイス・OK、ノット・トゥ・ホット」で通じたんか?! なんか、すごい、すごいよ、クク先生。
食べながら、先生は故郷バングラディシュの思い出話をし てくれた。
故国がパキスタンから分離独立するとき、政府の要職に着いていた先生の一家は、危うく殺されそうになりながら、決死の亡命をしたのだとか。その時先生は18歳。一族52人を詰
め込んだトラックの荷台に隠れて震えていたとか。
最初の亡命先は、当時まだ王制だったアフガニスタン。ち ょうど冬で、ホテルの窓から見た、一面 の雪景色しか覚えていないとか。それからインドを経て、独立を果たしたばかり
のバングラディシュにたどり着いたとか。
その他、様々な彼女の物語。
今も揺れ続ける南アジアの歴史の一幕を、横浜のキッチン で、カレーをいただきながら、一人の女性の物語として聞いている。何か不思議だ。
「ごめんなさい、重い話になっちゃって」 と、クク先生が言って、会食はお開きになった。
帰り際、先生は 「今日教えた料理、家でもちゃんと作れるように覚えた?」 と、心配そうに何度も聞いてきた。
「わからないことがあったら、いつでも電話してきてね」 そして、一人ひとりハグしてサヨナラを言った。
一緒に参加したヨウコさんが言っていた、
「一度人々の優しさに触れると、バングラディシュってはまるんだって」
そういう人たちの気持ち、わかる気がした。
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本日のレシピ
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◆チキンカリー
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<材料> ニンニク10個 ショウガ(大)2個 シナモン (スティックタイプ)2本 月桂樹3枚 カルダモン6個 コリアンダーパウダー小さじ2 チリパウダー小さじ2
パプリカパウダー小さじ2 塩小さじ1.5 キャノール油 タマネギ(小)10個 チキン胸肉8切れ
<仕込み>
1.チキンを一口大にカットする(オイルとショウガとニンニ クを擦り込んで一晩寝かせるとより味がしみこむ)
2.ショウガをすりおろす
3.タマネギはみじん切りにする
4.ニンニクはスライス
<作り方>
1. キャノール油を深鍋に入れ小〜中火にかける
2. シナモンスティック、月桂樹、カルダモンを<1>に入れる
3. ニンニク、タマネギ、ショウガ(大さじ1杯はライス用 にとっておく)を入れ、20分かけてゆっくり炒める。油の 温度があがらないよう火の加減に注意する
4. 塩、パプリカ、チリパウダー、コリアンダー、水を入れ る。
5. チキンを入れてよく煮込む。
6. お湯をわかし約80ccを入れる(注意:冷たい水だと 分離してしまいます)
※かきまぜながら作る
※この他、具として、ポテトを揚げて、パプリカと塩で味、 色をつけたもの、ビーンズ、カリフラワー、にんじんなどを 入れてもよい。チキンの代わりにビーフを使う場合は水の量を多めに(ビーフはチキンより硬いので)
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◆ライス
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<材料> スライスタマネギ小2個分 キャノール油適量 バター大さじ2 シナモン(木の皮のタイプ)1枚 カルダ モン5粒 月桂樹2枚 グローブ5粒
塩少々 ショウガすりおろし大さじ1杯 インディカ米4カ ップ 水(新米なら6.5カップ 古米なら8カップ)
<作り方>
1. 深鍋に1.5センチの油を入れる
2. <1>にバターを加える
3. タマネギのスライスを入れていためる(かきまぜながら 狐色になるまで)
4. <3>をひきあげ、同じ油にカルダモン、シナモン(木の皮 タイプ)、月桂樹、グローブを入れる。香りがたったら、洗 ってかわかしておいたライスを入れる。ショウガのすりおろ
し、塩を入れ、香りがつくまで10分くらいお米がこわれな いよう、そっと炒める。
5. 水を入れ、ふたをして弱火で10〜15分煮込む。
6. 炊きあがったら、?のタマネギを混ぜ込む。
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◆ディムエ ハロワ(卵のデザート)
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<材料> 卵2個 砂糖大さじ2〜3杯 牛乳大さじ1杯 バ ニラエッセンス少々 カルダモン2個
<作り方>
1. ボウルに卵2個と砂糖大さじ3杯を入れ、かきまわす
2. 鍋にボウルのたまごと上記すべての材料をまぜフォーク でくしゅくしゅに細かくなるようかきまぜる。好みで最後に バター、シナモンを加えても。
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