こんにちは、ばりーです。 7月末から2週間、研修でロスアンゼルスに行って きました。アメリカの味や自己責任の上にある自由、そして知識も経験も豊かな包容力ある人々にたっぷりと充電してもらってきました。出発前は梅雨も明けずにまだ寒かったのだけど、帰国したらむわっとくる湿度の高い「日本の夏」。カリフォルニアのカラッとした暑さもいいけれど、でもすいかや花火や夏祭りがあれば、日本の夏もまたよろし。


第二十回 おかあさんの味

   
     



Niki'sの先生たちは、自分の国の「食卓」を教えてくれる。それはお洒落して行くレストランと存在意義を異にして、くつろいだりお喋りしてなごんだり、おい しい料理でゆっくりと、疲れた体にエネルギーを注ぎ込んだりする場所。先生たちは大抵が、そんな食卓を生み出す奥さんであり、お母さん。その中でもククさんは、みんなが口をそろえて「おかあさんのような人」と話す 人。確かに彼女はイギリスに住む、社会人と大学生の2人の息子を持つお母さん。私もきっと、ククさんを紹介する時にはそう言うだろうな。みんなにそう言わせる訳、それはね...

6月の、とある暑くなり始めた日曜日。私は根岸駅ではじめて会う方々と待ち合わせていた。今回、Nikiは新しい試みをしたみたい。これまでは当日集合するまで、どんな方と教室を共にするのか分からなかった。初めて会う人と一緒に、英語でお料理を習う。これはこれでエキサイティングなんだけど、教室が終盤に近づくまでどことなく緊張感が漂って、ぎこちなくなったりもしていた。でも今回は、参加者が確定するとNikiがメールアドレスを教えてお互いに自己紹介を促してくれたおかげで、事前にちょっとしたメールのやり取りが出来ていた。その中で、自然に「同じ方向なら一緒に行きましょう」という話になったのだ。会ったことはなくても、ディスプレイを通 じて繋がっていた、その事実はびっくりするくらいに初対面の緊張をやわらげてくれた。ありがと、Niki。


程なく待ち合わせていた方がそれぞれ現れる。メールの文章からも人柄の良さが伝わってくる、女性Kさん。初参加でちょっと緊張気味の男性Kさん。お二人と ともに、ククさんとの待ち合わせ、本牧バス停に向かう。思ったよりも道がすいていて、予定よりも早く到着。でもすぐに、約束の時間15分前には、ククさんが現れた。今回でククさんの教室は3回目なんだけど、いつも必ず時間前に来て待っていてくれる。それは「来てくれる人を待たせたくない」からだそう。まれに少し遅れて来た人がいても、ククさんは何も言わない。それどころか「バスで来るのは大変だったわね」「暑かったでしょう?」などと優しく言ってくれる。(そんなククさんだから、お願い、遅刻しないでね・・・)


素晴らしいことに待ち合わせの10分前には全員集合。そしてどこか懐かしい風情の住宅街を通 り抜け、レンガの壁のひときわおしゃれなククさんのマンションへ 到着する。玄関をくぐると、外国人向けの天井の高いマンションの中はククさんが日本各地で買い求めた骨董品で飾られている。伺うたびに少しずつ増えていて、センスよく飾られたその空間は、骨董品がかもし出す懐かしい雰囲気にどこかほっとする。オリエンタルでおしゃれなんだけど、家のあるじと同じくwelcomeで、肩の力を抜かせてくれる。


蒸し蒸しする中をてくてく歩いてちょっとのどが渇いたところで、着いて早々ククさんは冷たいお茶を差し出してくれた。ぷはー、しみる。


のども潤って元気が出たところで、エプロンを着けてお料理開始。今日は「Sweet and Sour Egg Plants」「Spicy Meat Ball with Tomato」「Pakora」「Semolina with Milk」の4品と盛りだくさん。特にSpicy Meat Ballは美味しいと大好評のようで、期待大。


ねちっこい固形で変わった匂いのするタマリンドに水を加えて溶かし、ククさんがあらかじめ下準備をしていてくれた茄子を炒めはじめる。ククさんのくれるレシピは、材料は書いてあるけど分量 や作り方は載っていない。それはいつも彼女が作っているお料理で、体がレシピを覚えているので文章で表せないそうだ。だから家で作るためには必死でメモを取らねばならない。その時によって、微妙に分量 も違うらしい。今回も、辛いのが苦手な方のためにチリを少なめにしてみたそう。参加者はククさんの鮮やかな手つきとともに、ずらりと並んだスパイスがどれくらいの量 入れられたかもきっちり観察する。メモメモ。


ミートボールに使うお肉は牛肉。  
「でも鶏肉でも、豚でもいいと思うわ。私は豚は食べられないんだけど・・・」
そう、ククさんは敬虔なムスリム。宗教上豚肉はご法度なのだ。  
「宗教上では、豚はとても汚いものだとされている。だけど私は豚肉を食べる人を汚いとは思わないわ。それはあくまで宗教上のことで、違う宗教の人には関係のない事だもの」  
ムスリムの方は原料にほんのちょっとだけ極々わずかに豚に関するものが含まれていても、それを口にしない。それくらい自分の宗教に対して敬虔なのに、でも他人は否定しないのだ。そんなククさんの度量 にちょっと感動しつつ、丸めたミートボールをトマトソースに入れて、ぐつぐつ煮込む。


今回唯一の男性Kさんは、若干緊張気味(そりゃー女性がわちゃわちゃいる中に男性が一人で放り込まれたら、緊張しないわけがない)で女性たちの後ろから遠巻きに見ている。そんな彼にとっくにククさんは気づいていて、「大丈夫?見える?」なんて声をかけ、緊張をほぐそうとしてくれる。私は「男子厨房に入ろう」推進者なので、彼のような男性にもっとこの教室に来てもらって、一緒に楽しめたらいいなぁ、と思う。Kさんがんばれー!


いくつかの料理が同時進行してるのに、ククさんはとても手際がよい。メモを取る側は必死になりつつも、これは毎日お料理して、いくつものおかずを同時に作ってないと出来なそうな段取りだ。あらかじめ茹でられていたジャガイモに刻んだピーマンを加えて混ぜ、Pakoraを作り始める。これはインド圏ではポピュラーなお料理だそうで、ウマさんの教室でも教わった方がいた。ポピュラーなためにとてもバラエティに富んでいるようで、今回のククさんはキャベツやピーマンを加えるけど、ウマさんのはシンプルに玉 ねぎとグリーンチリのみ。これは、多分お雑煮や煮物なんかが日本各地で微妙に違うのと同じなのかなー、と勝手に想像をふくらませる。


日本では珍しい、ひよこ豆の粉を加えてゆっくりぽたりと落ちるくらいの硬さにしたところで、親指大を低温の油に沈めてじっくりと揚げてゆく。参加者が順番に生地を油の中に落としてゆくのを見守るククさん。慣れない手つきでおっかなびっくりな参加者を見て心配そう。何度も見本を示してくれたり、ついつい「あああ大丈夫?やけどしないでね!」とはらはらしたり。その様子が、初めて揚げ物をする私を見守る母にそっくり。心配だし、見てられないんだよね、きっと。最近うちの息子も台所に興味を持って、不器用な手つきで材料を混ぜたり(というかぐちゃぐちゃにしたり)、包丁を持とうとしたり、見てて気が気じゃない。だからその気持ち、自分がお母さんになってすごくよく分かる。


どこか昔懐かしい形の炊飯器からジャスミンライスのいい香りが漂いはじめる頃に、すべての料理が完成した。


銘々にきちんとセッティングされたテーブルについて、出来上がったお料理を味わう。Sweet and Sour Egg Plantはタマリンドの風味とスパイスをたっぷり吸って、何とも言えない味わいを生み出しているし、トマトとスパイスのコンビネーションばっちりなスープを吸ったミートボールは、自身も肉汁をたっぷり含んでとてもジューシー。


わいわいお料理に取り組んだあとですっかり空気もほどけて、話が弾む。その間もククさんは、足りない取り皿を取りに行ってくれたりお茶を足してくれたり、こまごまと参加者が快適に過ごせるようにさりげなく動いてくれている。何だかそれが悪いような気がして、「私も手伝うよ」と声をかけてみた。でもククさんは「大丈夫、ゆっくりしてて。私は片付けるのが大好きなの。休みの日でも台所をピカピカにしたりして、夫からはどうかしてるよ、なんて言われるのよ」なんてにっこり微笑んでくれた。


そうか。そっかわかった。家族がおうちに帰ってきて、ほっとできる空間をいつもきれいに保っていてくれる。おいしくて温かいごはんを用意していてくれる。家族が快適に過ごせるように、周りを整えてくれる。心配しつつも、手本を示しちゃんと出来るか見守ってくれる。自分とは異なる価値観を持っていても、許容し尊敬してくれる。


これら全てに共通するキーワード、それは「おかあさん」じゃない。ククさんの細やかな気配りや、包容力や、そんな要素にすっかりリラックスさせてもらった今日の教室。肩の力も抜けてお腹いっぱいになって、元気を取り戻した感じがする。彼女を知った人は、それら全てを含めて「おかあさんのような人」と言うのだろう。ククさんみたいに他人をリラックスさせる力は改めてすごい。自分もこんなおかあさんで奥さんになれるかな。なりたいな。20年後にはそうなるぞ。


そんなククさんを少しでも感じられるレシピはこちら。必死でメモしてきたのですが、ククさんのあまりの手際のよさに、うーん、ついていけてなかった・・・分量 がないところは、量は大まかに、適量で良いと思います。

ご質問などありましたら、ばりー(cookeryballie@yahoo.co.jp )まで...


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本日のレシピ

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◆Sweet and Sour Egg Plants
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タマリンドとエスニック・スパイスが絡まりあった香りは、スパイスをたくさん使うベンガル料理ならではの家庭の味。

タマリンド大さじ1を水に溶かす。乱切りにした茄子にチリ、塩を各少々ふる。フライパンに油大さじ3から4を熱し、シナモン、種を除いた唐辛子、ベイリーフ(月桂樹)、にんにく5かけを加える。香りがたってきたら粗みじん切りにした玉 ねぎ1個分、を加えて炒め、透き通ってきたら茄子を入れてよく炒める。茄子に火が通 ってきたら、コリアンダー5粒ほど、クミン小さじ1.5杯くらいを加え、さらに炒める。水溶きタマリンドを加え、塩小さじ1/2、砂糖小さじ2、水適量 を加え、煮込む。

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◆Spicy Meat Ball with Tomato
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スパイスがたっぷり効いたトマトソースに絡んだミートボールは、肉汁をたっぷり含んで噛むとじわっと美味しさが広がります。

牛挽肉約1kgにガラムマサラ少量、ガーリックパウダー、ジンジャー、粗みじん切りに刻んだ玉 ねぎ1/4個分、チリをよく混ぜる。卵1個分を加えてさらに混ぜ、ゴルフボール大の球を作る。鍋に油をしいて玉 ねぎを炒め、コリアンダー小さじ1から2、クミン、おろししょうが3かけ分を炒め、水を適量 加える。トマト缶を開けて中身をフライパンに出し、煮立ったらミートボールを1つずつ加えて中火から弱火で焦げ付かないように煮込む。この際、ふたをしてかき混ぜないのがポイント。出来上がり直前に、輪切りにしたピーマンを加えて軽く煮込んで出来上がり。


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◆Pakora

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ピリ辛でククさんも「思わずビールが進む味」と絶賛。

じゃがいも4個は茹でてつぶしておく。ピーマン(またはグリーンチリ、ほうれん草など)、薄切りにした玉 ねぎ1/2個分を手でつぶして混ぜ、千切りキャベツ約2枚分を加える。ベーキングパウダー小さじ1、コリアンダーパウダー小さじ2、タンドリーマサラ、塩小さじ1から2、ひよこ豆粉(または全粒粉小麦粉)カップ1を加えて混ぜる。水を少量 ずつ加えて混ぜ、耳たぶくらいの柔らかさに調節し、しばらく寝かせる。親指大にちぎって、円形に薄く延ばして形作る。低温の油でじっくり揚げ、時々裏返しながら火が通 ったら網にとって油を切る。

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◆Semolina with Milk
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パスタの原料で有名な「セモリナ」。ミルクが絡まった、優しく懐かしい味のスウィーツ。

セモリナ(カップ1くらい・・?)を、油を引かないフライパンに入れ、乾煎りする。(焦げやすいので注意)鍋に牛乳400から500ccを中火でゆっくりと温める。シナモンスティック1本、カルダモン1ケ、砂糖1カップをミルクに加える。セモリナを少量 ずつ加えてだまにならないようによくかき混ぜる。もったりしてきたら火からおろし、皿に流し込む。生アーモンドは湯につけて皮をむき、適当な大きさに切って散らす。


 



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エッセイストの紹介
ばりー
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ばりー
●エッセイ後記〜●
ククさんは、覚えたお料理をぜひ家で作ってね、わからないことがあったら電話してね、と優しく言ってくれた。確かにスパイスはたくさん使うけど、全てそろえなくちゃ出来ない、というものでもないそうだ。スパイスが足りないと、風味は違っちゃうかもしれないけど、それはそれで「日本風アレンジ」でもいいんじゃない・・? そして「一人暮らしだから食卓がワンパターンで。お料理を食べて、雰囲気を味わうために教室に来てる」という方もいらして、おおそれはナイスアイデア。なかなかおうちで作るのは難しくても、教室に来て、自分でお料理して、先生方やみんなと楽しく時間を過ごすのもアリだと思います。なかなか教室には行けないけど、どこかの教室でお会いできるといいですね。  


●エッセイストの紹介●
ばりー  明太子ととんこつラーメンを愛するコテコテの博多っ子ながら、祖母が住んでいて小さい頃から慣れ親しみ、醤油とんこつラーメンな横浜は、第二の故郷のよう に思っている。だんなさんと息子、料理とカメラと旅行と音楽をこよなく愛し、愛しついでに  

「おうちで作る世界のごはん〜Cookery Ballie〜  ( http://homepage1.nifty.com/ballie/index.html )」

<↑世界のレシピとお料理のお写真が素敵なばりーさんのホームページ:BY Niki >

を主催。 ママ・奥さん・看護師・学生の4つの顔を使い分け、追われながらも日々力走中。 座右の銘は「人生 give & given」、「できると思えば何でもできるし、できないと思えば何にもできない」。